壱章 アッテラ 15
やはり、とユファランタはほくそ笑んだ。
ユファランタの気に留まったロックの物言いから、彼がレステンドと関係のある人物なのではないかとユファランタは疑っていた。それが今、証明された。ロック自身はひたむきに隠そうとしていたようだが、そんな意図を知ることのないキャロンシーナは、歓迎の意味を込めて呼んだ。
『兄様』と。
「お兄さんだったんですね、ロックさん?」
「あー、いやー、隠そうとしたわけじゃ」
「兄様、お客様なのですか?」
「うん、まあ、そんなところ」
「兄様のお友達?」
「うん、まあ、……」
「仲がよろしいのですね」
キャロンシーナの立つ部屋の中央へと進み出たロックは、キャロンシーナに抱きつかれ困惑気味でいた。思い切ったように少女を抱き上げると、問答無用で寝台に放り込む。その手つきは慣れた様子で、また優しい。
「ほらシーナ。お前ちょっと熱高いんじゃねえのか? おとなしく寝てろ」
「でも兄様、お客様なのでしょう?」
「良いから良いから」
どうにかキャロンシーナを毛布の中へ押し込めたロックは、ぱんぱんと手を払うと、扉の入り口付近で待機していたユファランタとキリアニルタを招き入れた。しんがりのキリアニルタが、扉を閉める。キャロンシーナは少々不服そうにしながらも、おとなしくロックの言うことに従っていた。
キャロンシーナは、見たところ七、八歳のようだ。そこらの同年代の子供達と比べるとかなり小柄で、ぱっと見ではもう少し下にも見える。体つきは、病弱だったシュナンの別れた頃を思わせるもので、だからおそらく七歳ぐらいなのだろう。緩く波打つ髪は長く、美しい金色。揃えられた前髪の下から覗く眼の色は鮮やかな緑だった。
ああ、違う。五分ほどの小さな期待を打ち消し、ユファランタは思った。シュナンとは違う。
「初めまして。ユファランタと申します、キャロンシーナ嬢。こちらは弟のキリアニルタ」
「ゆふぁらんた……さん? 初めまして、キャロンシーナと申しますわ。兄がお世話になっております」
少しばかり拙いながらも、キャロンシーナは丁寧な言葉遣いでユファランタに話しかけた。兄、という言葉にユファランタはロックへ視線を移した。それに気付いたロック自身は、照れたような表情でそっぽを向いた。隠していたことを気まずく思っているのだろうか。
ロックの髪は、キャロンシーナとは似てもつかない赤茶色だった。瞳は澄んだ青。色彩は、父親であろうヴォガに似ているだろう。キャロンシーナは、似ていない。母親似なのだろうか。
「あー、胎違いなんだよ」
ユファランタの視線に気付いたロックが言った。
「シーナの母親が金の髪に緑の眼をしてた。そっちが正妻。俺の母親は側室みたいなもんで、でも赤毛なんだよな。二人とも仲良いぜ」
「ほう、それは珍しいですね」
「まあな」
言ったロックは、寝台の縁に手を添えてキャロンシーナの眼を覗き込んだ。何も言わない、と言ったのを忘れているようだった。
「シーナ。ユフ達があの鳥を見たいんだって。だから来たんだけど」
「フェール? ……良いよ。はい、どうぞ」
枕元に置いてあったそれを、キャロンシーナは小さな白い手で取り上げて、ロックに手渡した。ロックはそっと受け取り、ユファランタの広げた掌の上に乗せた。
「壊すなよ」
「心得ております」
キャロンシーナからロックを経てユファランタへと伝えられたその鳥は、緑で塗装されてはいるがその下は金属らしい。爪先でそっとつついてみると、固い感触が返ってくる。嘴は持ち上げれば開き、眼は何か石をはめ込んだよう。脚の細い作りも精巧で、関節があるような滑らかな動きを見せる。そしてそこに、命は宿っていない。
「どうやって飛ぶのですか?」
「一度貸していただけますか?」
問われ、ユファランタは少女の手へ鳥を移した。少女は鳥の翼を広げ、後ろから翼の下に手を回した。親指は、翼の付け根の尾に近いほう、人差し指が首の根元。残りの各三本は腹部に添えられている。
『お飛び、フェール』
キャロンシーナが囁くように唱えた。
ぎきぃ
そんな金属的な音がして、翼が動いた。鳥は少女の手の中で翼をはためかせ始めた。やがてキャロンシーナがその手を離すと、鳥は宙へと飛び上がった。
「フェール!」
キャロンシーナの呼びかけ。ロックも感心したようにそれを眺める。鳥は室内の天井付近をぐるぐると旋回し、またキャロンシーナの元へ舞い降りた。その動きは、まるで生きているかのようだった。
しかしそこに、命は宿っていない。
「でも私にしかできないんですよ」
キャロンシーナは少し得意げにそう言うと、鳥を抱え上げまた放つ。今度は最初のような構えや唱えはなかったが、やはり同じように鳥は飛んだ。旋回するだけでなく色々な飛び方を披露してみせたが、ユファランタはその動きに魅入られたように立ち尽くしていた。
何ということだろう。命の宿らぬ物体が、意志を持ったように動いている。キャロンシーナが魔法をかけたわけではない。自らもその使い手なのだ、発動すれば分かる、だがそれはなかった。つまりは、一体どういう仕組みなんだろう?
ユファランタは、息を深く吸い込んだ。彼の視界には、もうすでにキャロンシーナも、ロックもいなかった。あるのは自分と、緑の鳥だけ。
――面白ぇ。