壱章 アッテラ 12
「うん……もしかしたら、そうかもしれないね」
一人呟き頷くと、ユファランタはキリアニルタに視線を戻した。キリアニルタは口を閉ざしたまま、視線で問いかけてくる。ユファランタは数度首を縦に振り、疑惑を確信へと移してから答えた。
「ロックさん、きっと関係がある人なんだよ」
「……レステンド家、と」
「そう。たぶんね」
察しの良いキリアニルタに感服、満足し、ユファランタは続ける。
「まるで、その場で見てきたみたいに話すんだよ。外に出られる時間ね、以前は十分しかなかったらしいけど、だんだん伸びて今は二時間ってわけ。それを、キャロンシーナ嬢は喜んでいたらしい。『喜んでたなぁ』なんて……部外者はあまり使わないよ。気遣うみたいな、それを心から喜んでるみたいな、そんな雰囲気だった」
「……そうか」
キリアニルタは聴き終えると、腕を組んで椅子の背もたれへ寄りかかった。
「ユフが言うなら、間違いないだろう」
「そりゃどうも」
にっこり、ユファランタは笑みを向ける。キリアニルタは対して無表情のまま、瞳を閉じて沈黙した。弟が自分のことを信頼してくれているというのは、全く嬉しいことだ。信頼というか、信用というか……と巡りかけ、しかし細かいことはあまり気にしない面もあるユファランタである、どっちなのか推し量ることしか出来ない問題は脳内から捨て去った。
「兎に角、明日はレステンド殿を訪ねてみようか」
「ああ」
キリアニルタも異論はなく、即答で決定へ持ち込んだ。しかし、ちらりと姉を見て、兄を窺う。
「だが、カナルはどう言うか」
「あー……うーん……?」
実は、全く念頭になかった。忘れ果てていた姉の存在を思い出し、ユファランタは溜め息をつく。反対するだろうか。するだろう。カナルナータの中では、きっと明日も大食い食べ歩きショーを決行する予定でいるだろうから、別の予定が入ったとなると怒り狂うかもしれない。……だが、カナルナータはあれでいて弟想いだから(最もキリアニルタに対してであり、ユファランタに向けられることは希少なのだが)、案外喜んでついてくるかもしれない。どちらにしろ、綱渡りのような気がする。
「……うん。今起こして訊くにも機嫌悪くなるだろうし、明日目覚めてからごり押ししてみよう」
「なーに言ってんのよ馬鹿ユフ」
「はい?」
ゆっくりと、ユファランタは身をねじった。ちょっと不機嫌めな、聞き覚えのありすぎる声。そして、こんなふうにユファランタを罵倒する人は、一人しかいない。
「――カナル」
「起きてたのか」
「えー、最初っから最後までぜーんぶ、聞いてましたよーだ!」
ぷっ、と頬を膨らませ、駄々っ子のように舌まで出してくるカナルナータに、ユファランタは閉口する。キリアニルタも言うことが思いつかないらしく、じっと口をつぐんでいた。そんな物言いたげな弟達の様子を見て、カナルナータは眉を寄せた。
「何よ」
「いーえ。カナルが起きていたとは思っていなかったからねぇ」
「はっはっは、恐れ入ったか」
「論点が違うだろう」
カナルナータはふんぞり返り、キリアニルタがそっと突っ込みを入れた。
「どこかの偉ぶっている殿様みたいですよ、姉上様?」
「んー、何か感じ悪ー」
むうぅ、と唇を尖らせ、カナルナータはそっぽを向いた。それに溜め息をつくと、ユファランタはテーブルに頬杖をつき、見上げるようにしながら尋ねた。
「で。何が“馬鹿ユフ”ですか?」
「んー、だって、行けば良いじゃん」
「「は?」」
思わずユファランタとキリアニルタの声が重なり、綺麗に和音を作り出した。
「だからぁ! 行けば良いじゃんって言ってるの。私は賛成だから! ていうか、行くなら行くでたったと行きなさいよ男でしょ! 決まったらさあ、さあ、さあさあ準備して出発する!」
「ちょい待ち」
勢い付いたカナルナータを全身で制止しながら、ユファランタは冷や汗をかいていた。
「あの、お姉様。今、何時だとお思いですか?」
「え? ……えーと、うーん、えー、……何時?」
「美しい夜中でございますよ。そんな時間に訪ねていって、失礼も甚だしい」
「あ……あははー。ちょっと調子に乗っちゃったかなー?」
あはっはっは、などと空笑いするカナルナータ。呆れ果てた弟二人は口を閉じ、キリアニルタは半眼で、ユファランタは苦笑いで、カナルナータをじっとりと見つめた。カナルナータは、少々照れたようにしながらも反省の色は全く見られず、軽く笑い続けた後、透き通った笑顔を浮かべて手を振った。
「言いたいことも言ったし、時間はまだまだあるし」
小声でぶつぶつと言い聞かせるようにしながら、カナルナータは真っ直ぐにベッドへと向かい、
「おやすみっ」
本日二度目、カナルナータははぐらかし睡眠へと突入した。
弟達は嘆息した。