壱章 アッテラ 06
「うっあああ美味しかったあ!」
膨らんだ腹をぱんぱんと叩いて、カナルナータは椅子に仰け反った。その大声に、周囲からの視線が集中するが、本人は一向に気にせず、正面に座る弟に今度は詰め寄った。身を引くユファランタだったが、やはりカナルナータは気にしない、というか気付いていなかった。
「ねーぇ、ユフは食べなくて良いの?」
「姉上様がお残しになった分だけで充分でございます」
「あらそーぉ? お腹すかないの?」
「……貴女が食費を浪費しているからできるだけ抑えようとしているのに」
「んー? 何か言ったぁ?」
「いいえ、何でも」
お得意の笑みを浮かべ、店員にワインを注文する。店員は、未成年じゃないんですかと尋ねる。ユファランタは笑みをさらに深くし、大丈夫です、慣れてますからと言った。カナルナータが、ちょっとユフやめなさいよアルコールなんかと口を挿むが、ユファランタは、そこを何とかと押し切った。さらに、安心してください成人してますと付け加えた。店員は疑い深そうにしていたが、結局赤ワインを持ってきてくれた。
「あんた、案外押しが強いわよねー」
カナルナータが頬杖を付いてユファランタに言った。そして店員に向かって、あたしオレンジジュース、と注文をする。店員は、一度に注文してくださいよ時間の無駄ですと愚痴をこぼして、しかしやはり品を運んでくれた。
「ありがとー♪」
挿されたストローに口を付け、ユファランタを眺める。
「変わらないなー」
「何がですか?」
「あんたの性格。小さい時からちっともよ」
「例えばどんなところでしょう?」
「うーん、その、飄々とした感じとか、妙に達観したところとか。誰に似たのかしら、ホント」
「それを何回聞いたでしょう。……達観しているといえば、キリもそうだと思うけど」
「まあねー。キリは色々あったから。……あれ? あたしは?」
「カナルも変わってませんよ」
「えっ、どこらへんどこらへん?」
「食いしん坊なところ、思考が子供心を忘れていないところ、目の前のことに集中するところ」
「それって、遠まわしにけなしてない?」
「ご理解いただけて光栄です」
「きゃー! 酷い酷いユフ酷ーい!!」
がっしり、カナルナータはユファランタの胸倉をテーブル越しに掴み上げる。ユファランタは笑顔で揺さぶられる。周囲からの視線は、まるで妖怪を見るようなものに変わっていた。
「ユーフーのー馬鹿ー!」
「どうとでもお言いなさいませ」
「かっはー、そこらへんほんっと憎らしいったら!」
「さて、変わっておりませんからねぇ」
「自覚あるんなら直しなさい! 性質が悪すぎ!」
「自覚がないのもどうかと思いますがね」
「あんたに言われたかないわよ!」
「ああ、助かったよホント。あんたがいてくれると楽だ!」
「…………」
「いっそここで働かない?」
「…………」
「ほんと無口だなぁ。そうだ、こっちは終わったからさ、じゃああっち手伝ってもらえない? 店長ー」
「あー? おお、終わったのか。じゃあキリ、何か作ってくれ」
「は?」
「何作れるよ? 兄ちゃん」
「とりあえず、色々と」
「むー、そうか。じゃあ、ポテトフライ作ってくれ。ここに二種類の芋がある。味付けは好きにやってくれ」
「……分かりました」
「手伝いはいるか?」
「いえ、大丈夫です」
キリアニルタは、とうとう一つの料理を任された。
「えー、注目ー。これからー、特別メニュー、ポテトフライを販売いたしまーすっ!!」
若い店員の声が響き渡った。がたっと音をたてて振り返ったのはカナルナータ。
「ねえ! 特別メニューだって! 食べたい! 食べたい! 食べたい!!」
「はいはい、どうぞお買い下さい」
幼児のように連呼するカナルナータに、ユファランタは諦め顔で許可を出した。すると、カナルナータは物凄い勢いですっ飛んでいき、一番乗りでポテトフライを入手してきた。微かに舞い上がる埃と、吹き抜ける風と、騒々しさに誰もが顔をしかめていた。ユファランタは立ち上がり、連れがどうもすみませんと頭を下げておいた。
「げえっと! ぽてとふらーい!」
「はい、おめでとうございます。でも、周りの方々は皆迷惑顔ですよ、姉上様?」
「へ? はう? ……あー、ごめんなさーい」
カナルナータは言いはしたが、目の前のものに夢中になっており、なかなか誠意を感じることはできなかった。ユファランタは笑みを嫌な方面に変えた。しかしそんなものは気に留めないカナルナータは、ちゃきり、とフォークを子供の持ち方で構え、会心の笑みを浮かべる。すうっと息を吸い込み、
「おーっし。いっただっきまぁーす!」
まだ並んでいる人々から、恨めしそうな視線が飛んだ。
「おーい兄ちゃん、大反響じゃねえか!」
「ありがとうございます」
「よっし、ポテトフライじゃ簡単すぎたのかねぇ。何か別の別の……」
「…………」
「おーし。ほんじゃあ、スープ作ってくれスープ。まあ明日の分なんだけどさ、だしをとるとこからやるから。頼むよー」
「分かりました」
キリアニルタは、翌日のための仕込をお願いされた。