壱章 アッテラ 04
さて、とユファランタは小さく呟き、中央広場を目指して歩き出した。おそらくキリアニルタは、まず案内所を探しただろう。案内人が人相と教えた情報を覚えているならば、キリアニルタがどこへ向かったかが分かるはずだ。置いていかれかけたカナルナータが、待ってよと叫んでそれを追いかける。ユファランタはくすり、と笑みを漏らした。
「あーっ、ユフ、笑った! 笑った!?」
「はいはい」
「はいは一回! じゃなくてっ! ああああもうっ!」
「本当に面白いですね、カナルをからかうのって」
「きゃー、からかわれたあぁぁ」
頭を抱えて慟哭するカナルナータ。ユファランタはさらに声をあげると、羽織ったマントの中で歩幅を広げた。カナルナータとの間はたちまち広がり、カナルナータは騒がしくばたばたと道を駆けた。
案内所では、青と白の縦縞模様の制服を着た、愛想の良さそうな青年が一人、にこにこしながら応対をしていた。
「すみません」
「はい。ようこそアッテラへ!」
「二時間ぐらい前ですが、黒髪の男の子が来ませんでしたか? 髪はちょっと長めで、無口で、細身の」
「……ええ、いらっしゃいましたよ」
「彼はどこへ向かいました?」
「はあ。どのようなご関係で?」
「彼の兄です」
「そうですか」
ユファランタは正直に言ったのだが、案内人はあまり信じていないようだった。何せ、ユファランタは栗色の髪、キリアニルタは黒色の髪だ。兄弟であると、誰が一目で信じるだろうか。ユファランタはカナルナータを差し出した。
「姉です」
「あーん、押すな押すなっ」
「…………」
カナルナータは、黒髪である。案内人はまだ疑いを捨て切れていないようだったが、しぶしぶといったふうに重い口を開いた。
「宿と地図をご所望でした」
「ちなみに、それはどこの宿で」
「〈白鹿亭〉です。地図はこちらです」
「どうもありがとうございます」
にこやかに笑ってそれを受け取り、開く。案内人は、宿の情報のみが載っている地図を渡してくれたようで、〈白鹿亭〉の所在地はすぐに見つかった。
「さあ、カナル、行くよ」
「合点承知!」
歩くこと数分、〈白鹿亭〉に到着した。〈白鹿亭〉は、一階が食堂、二回が宿になっていて、妙に馴れ馴れしい店主は何故か上機嫌だった。キリアニルタのことを訊いてみると、彼は豪快に笑った。
「あーああの無口な兄ちゃんか! 来てるよ来てるよ。お? もしや、兄ちゃん姉ちゃん、あの兄ちゃんの兄ちゃんと姉ちゃん?」
おそらく言っている本人は理解できているのだろうが、こうも言葉を混ぜこぜに言われると聞き手側が辛かった。耳から脳へと届けられた音を数秒かけて解析すると、ユファランタは頷いた。
「そうです。三人分払ってますか?」
「いや、うちは人数じゃねくて室数で料金取ることにしてっから――おーい、お前!」
と、店主は奥へと声をかけた。返事と共に顔を見せたのは、女将と思しき女性だった。
「なんだい」
「あの無口な兄ちゃん、何号室だっけか?」
「二〇九号室だよ。忘れんじゃないよ!」
「悪い悪い」
そう言って笑う店主の顔には、反省の色は全く見られなかった。女将は大仰に溜め息をつくと、奥へと戻っていった。店主がにやりと笑い、ユファランタへと囁きかけた。
「あれ、俺の女房。美人だろ〜」
「ええ」
ユファランタはとりあえず笑いかけておいた。失礼します、と断ると、カナルナータと共に階段を上る。二〇九号室というのは、一番奥の部屋だった。ひとまず扉をノックしてみる。返事はない。
「いないの?」
カナルナータが、心底不思議そうに呟く。しかしその時、部屋で何者かが動く気配がした。すぐに扉は開き、中からキリアニルタが顔を出した。キリアニルタは二人を見とめると、身体を脇にずらした。
「やっほーん、キリ。いつの間に消えたのかと思った!」
「お疲れ様。買い物は済んだ?」
「ああ」
まずカナルナータが部屋に飛び込み、隅に置かれた寝台へと直行した。ばふん、と倒れこむと、太陽と小麦の匂いがカナルナータを包み込むなんてことはなく、少しばかり期待していたカナルナータはむすっと膨れた。どちらかというと水の匂いがした。
その後に、ユファランタが入室して扉をも閉めた。薄い財布を取り出して渡すと、キリアニルタはそれを見て、怪訝そうな表情になった。
「……随分減ったな」
「カナルがよく食べるからだよ。見事見事。キリにも見せたかったなぁ」
「…………」
「あれ?」
ユファランタは違和感を覚えた。キリアニルタの返事が無いのは、いつものことだ。しかし、今の会話は小声で交わしていたものではない。聞こえていたはずなのに、カナルナータからの突っかかりがなかった。
視線を巡らせると、カナルナータは寝台に突っ伏している。
「……寝てるぞ」
「あー、ホントだね」
カナルナータは、何とも心地良さそうに眠っていた。すぐさまキリアニルタが近寄り、下敷きになっていた掛け布を引っ張り出して掛け直した。ご苦労様、とユファランタは言う。キリアニルタは頷いた。
しかし、直後キリアニルタはユファランタに向かって、口を開いた。