壱章 アッテラ 03
「とりあえず食事! ご飯!」
「先ほど食べたばかりでしょうに」
「良いの良いのっ、運動したから消化された!」
「消化されても、それが使用されなければ全く意味がないですよ」
「ううううぅ〜! 運動したから消化されて消費された!」
「はいはい」
喚くカナルナータを、ユファランタが穏やかにいさめる。それを視界の端に捉えつつ、キリアニルタは手元の紙を見下ろした。アッテラで入手できる必要なものだけを、事前に書き出しておいたメモだ。その内容はかなりな量があり、またアッテラには店が多いので、まずは中央広場で地図を入手しようというのがキリアニルタの考えだった。それに構わず、カナルナータは食事を求めていた。
カナルナータは、道の両側を埋め尽くす店々を眺め、どこが良いここが良いと物色している。その隙に、ユファランタはキリアニルタへと近寄った。ちらりと見上げるようにするキリアニルタに、ユファランタは持ちかけた。
「今、我らが姉上様は食を欲していらっしゃる」
「…………」
「でも、キリは買い物を済ませたいわけだ」
「…………」
キリアニルタは視線で肯定する。ユファランタは二つ頷き、
「じゃあ、二手に分かれるってことでどうかな? キリは一人で買い物。カナルのほうは食事。買い物は早くに済ませたいし、そうするとカナルが煩くて逆に進みにくいしね。本人には言えないけど。どう?」
「……異論はない。それが一番妥当だと思う」
「それじゃあ決まりだね。こっちはさりげなくカナルを引き離すから、キリは遠慮なく、買い物楽しんできて。じゃあね」
「おい」
と、キリアニルタが引き止めた。少しだけ眼を見開いて、戻りかけたユファランタが振り返る。
「合流は」
「あ、そうか」
ユファランタはあごに手をやってしばし黙考し、やがて笑顔で言った。
「キリ、適当に宿とって休んでて。何とか見つけ出すから」
「……了解」
眼を伏せるようにしながら、呟くように了承する。今度は一つだけ頷いたユファランタが、別れの挨拶にさっと手を振った。それを見届けてから、キリアニルタは人波を押しのけて進み始めた。
ユファランタはカナルナータに適当に話しかけ、いつの間にか食事店に引きずり込み、姉が様々な食材を体内に取り込むのを眺めることにした。
中央広場に辿り着いたキリアニルタは、まず案内所を探した。青と白の縦縞模様の制服を着た、愛想の良さそうな男が一人、にこにこしながら応対をしている。キリアニルタはそこで、安く食事が多く上手い宿(主にカナルナータのため)の情報とアッテラの地図を所望した。案内人は手際よくそれを用意してくれた。キリアニルタは礼を言い、早速買い物を始めた。
それが済むと、宿へと向かう。その宿は〈白鹿亭〉と言い、一階は食堂になっており、希望する者は二階にある部屋で泊まれるようになっていた。食堂なだけありメニューは豊富で、また上手い。宿泊においては、部屋の整理は利用者管理となっているため料金は格安だった。
キリアニルタは、食堂のカウンターで店主に話しかけ、宿を三日ほどとれるかと訪ねた。店主は頷いた。先払いだと言うので、キリアニルタは三日分の料金を払った。
「兄ちゃん若いね。一人かい?」
「いえ、姉と兄が」
「ほっほう。若い三人兄弟が旅してるのかぁ。ま、頑張れよ」
「ありがとうございます」
店主は、キリアニルタの無口な気性を気に入ったらしく、これ以外にも色々と話してきた。自分も若い時は旅をしていただとか、盗賊が襲ってきた時の武勇伝だとか、どこの楽団は非常に上手いだとか、挙句の果てには自分の娘のことまで。
やがて、女将と思しき女性が店主を止め、部屋番号と鍵を渡してくれるまで、キリアニルタはそこへ縛り付けられていた。
キリアニルタ、そしてカナルナータとユファランタの部屋は二〇九号室だという。中は、先客がきちんと片付けていたらしく、乱れた様子はない。心中感心しつつ、キリアニルタは自分の荷物を部屋の隅に置き、買ったものの整理を始めた。それなりに時間もかからず終わった。顔を上げると、陽は既に傾き室内は薄暗くなっていた。キリアニルタはぽつりと呟いた。
「……何やってんだ」
「きゃっはー!! 食べた食べた食べた!」
膨らんだ腹部を軽く叩きつつ叫ぶカナルナータに、ユファランタは笑いかけた。手の中の財布は、二時間前と今ではかなり重みが違う。今の財布だったら盗られたって構いやしない、という投げやりの境地にまで至っていた。
「どうせほとんどはキリが持ってるしねぇ」
「んー? なんか言ったぁ?」
目ざとく聞きつけたカナルナータが間抜けな表情を向ける。ユファランタは笑みをそのまま貼り付け、否定の意味を込めて手を振った。
「いえいえ、何でもないですよ」
「ふぅーん。まあ、良いけどねー」
ここで問題になってくるのが、この後どこに行くか、である。カナルナータの胃袋は満たされた。ユファランタも、特に用はない。となると、宿に戻ることになるのだが、果たしてどこなのだろうか。宿はキリアニルタに任せてあるから彼を探せば良いのだが、いかんせんこの人波、視界に頼るわけにはいかない。それでは陽がくれてしまうだろう。となると。
「カナル」
「なぁにー?」
「キリの匂い分かる?」
「はぁ? まあ、分かるけど。辿るのは無理よ、こんな人多いんだもん!」
「そうですか」
カナルナータは、嗅覚が優れている。何故発達したのかと言うと、これはユファランタの見解であるが、方向音痴でもある彼女が、迷った時にキリアニルタの作る食事の匂いを辿って帰り着くためだと思われる。恐らく、正しい。それを使ってキリアニルタを探し出すという案だったのだが、無理そうだ。
「う〜ん」
「なぁに、ユフ? もしかして、キリと待ち合わせとか決めてなかったの!?」
「ああ、貴女がどれくらい食事に時間をかけるか分からなかったものですから」
「きゃうーん、馬鹿馬鹿馬鹿あぁっ! せっかく街に来たのにまた野宿!? 嫌! 嫌だから! どうにかしなさいよユフぅっ!!」
「言われなくても」