零章 村八分 01
「出て行け!」
「この村から、出て行け!」
「この、裏切り者め!」
「村に怪しい奴らを呼び込みやがって」
「おかげで大混乱だ!」
「お前らのせいだ!」
「出て行け!」
出て行け! 出て行け! 出て行け! 出て行け!
出て行け! 出て行け! 出て行け! 出て行け!
出て行け!
「キリ!」
カナルナータは弟の名を叫んだ。何処に行ったのだ、見つかればきっと泥を投げつけられる。いいや泥だけじゃない、石もだ。多少力のある人からは農具だって投げつけてくるし、壊れないものか壊れても必要のないものはなんでも投げつけてくる。彼らは容赦しない。カナルナータ自身も被害にあっている。女の子だからといって、遠慮などしてくれないのだ。たとえ子供でも。
「キリ!」
行き先は、分かっている。分かっているのだが、だがキリアニルタはそこまで頭が悪いわけではないはずだ。それでも我慢できないのだろうか、彼の気持ちは。
「カナル」
「何!」
もう一人の弟、ユファランタがそっと声をかけてきた。その静けさにカナルナータは苛立ちながら怒鳴り返す。するとユファランタは人差し指をしっと唇の前で立ててみせた。
「声大きい。気持ちは分かるけどね……もっと静かに」
「そうは言っても……っ」
「黙って」
とうとう口を塞がれた。ユファランタの手をはずそうともがくが、穏やかな表情をしてかなりユファランタはしつこいのだ。そう簡単には引いてくれない。
「行き先、彼女のところだろう?」
カナルナータは頷いた。
「分かってるなら、落ち着いて。慎重に行動しよう。一緒に行くから」
再び頷くと、ユファランタはやっと手をはずしてくれる。その頃にはカナルナータも多少落ち着いていた。毒気を抜かれるというかなんというか。ある意味ユファランタは恐ろしい。
「ほら、行こう」
「分かってるったら」
建物の陰に隠れるようにして、二人は歩き出す。向かう先は、言葉にしなくても分かっている。それもこれも、キリアニルタの行動が分かりやすいからである。読めるのだ。彼が何を思っているかというのが。
案の定、彼はそこにいた。
「き!」
叫びながら飛び出そうとしたカナルナータを、ユファランタが必死で抑える。口を塞いで身体を引くだけでは、こういう時のカナルナータは馬鹿力を発揮するため抑え切れない。ユファランタは口早に呪文を唱えた。声を潜めても、そこに宿る魔力は変わることがない。カナルナータの身体からは、たやすく力が抜けた。
「ゆふ……」
恨みがましい視線をさらりと受け流したユファランタが角を曲がった先を覗き込むと、そこには大人達に囲まれ地に伏す弟の姿があった。
「もう来るな!」
捨て台詞を吐く男が一度彼を蹴り、家の中へ戻っていく。群がっていた他の連中も、鼻息荒く己の家へと帰っていく。ただ一人、女性が残ってキリアニルタを見つめていたが、そっと何かを囁くと逃げるようにして最初の男の後を追った。
ユファランタの耳に、その言葉は「ごめんなさい」と届いた。
「キリ」
小さく声をかけつつ、ユファランタはゆっくりとした足取りで弟へと向かう。やっとのことで体を起こしたキリアニルタを支えると、腰を抜かしたようにへたり込む姉の元へと連れていった。カナルナータは弟の姿を見ると、喉の奥で小さく悲鳴を鳴らした。
石をぶつけられたのだろう、こめかみには血が滲み、腕や足には数え切れないほどの擦り傷が見受けられる。服の下にも、無数の青痣があるだろう。息を荒くする小さな子供を見れば、誰だって痛々しいと感じるだろうに、どうしてここまでするのだろうかとカナルナータは泣きそうになった。
「とにかく帰ろう。手当てをしなくちゃ」
そういうユファランタの声も、いつになく硬質なもので、カナルナータは頷くことしかできなかった。一つだけ、訊ねた。
「今、治さないの?」
「ダメだよ」
ユファランタはちらりと笑顔を見せた。
「魔法で治すっていうのは楽だから、どんどん人間の本来持っている治癒能力を低下させてしまうんだ。薬だって効かなくなるし、弱い魔法じゃあ効果もなくなってくる。最終的には強い魔法でないと傷の治らない身体になってしまうんだよ。そのうち、強い魔法だって効かなくなるし」
「分かった」
カナルナータは長い説明とその内容に嘆息する。そして沈黙を守り、ユファランタの後を歩き始めた。
家には今、父も母もいない。
「お父さんとお母さんは、やっぱり帰ってないよね」
ユファランタがそれをわざわざ言葉にする。したり顔が憎らしい。少しむっとしながら、カナルナータはそうね、とだけ返した。
「カナル、救急セット持ってキリの部屋来てくれる?」
「当然でしょ」
ユファランタはキリアニルタの身体を彼の部屋まで運ぶつもりなのであろう。キリアニルタは、目は覚めているが朦朧としているようで、いまいち意識がはっきりしていない。蹴られたショックか、それともあるいは別の理由か。まあ後者が強いであろうが。
カナルナータは救急箱を探し出すと、急ぎ足でキリアニルタの部屋へ向かった。
「はい」
突き出すように手渡すと、ユファランタは笑ってありがと、と言う。そのまま、ユファランタがキリアニルタの治療をするところを眺める。こういうことはユファランタが得意だ。カナルナータはそんなに器用じゃない、どちらかというと不器用だ。ただ、小物作りに関して彼女の右に出る者はいないのだが。
「……どう?」
「んー、しばらく痛いとは思うけど、まあ大丈夫でしょ」
ユファランタの気の抜けた返事に、カナルナータは安心したように息を吐いた。キリアニルタの全身にわたる傷を消毒し、酷いところには薬を塗りガーゼを当てる。その作業はここ最近の生活のせいかかなり手慣れてしまった。
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