〈殺し屋〉綺羅
荒野独り唄う舞姫
-A girl sings a hymn of praise
at a west end- 上
昔々あるところに、小さな国がありました。
その国には、優しい王様と、王妃様と、可愛らしい王女様がいました。
その国は、とても平和な国でした。
しかし、ある日わるい男達が宮殿にやってきました。
男達は宮殿の宝を奪いにやってきたのです。
そこで、王女様が説得することにしました。
可愛らしい王女様の必死な姿に、男達は心を動かされました。
男達は反省して、王女様にお仕えすることにしました。
王女様は男達を許しました。
そうして、国はまた平和になりました――
朗々と語る少女を、幼い子供達が取り囲み、じっと静かに聴いている。その眼は少女に注がれ、揺るがない。少女が語り終えると、小さな手で拍手を送り、もっともっととせがむ。少女は笑って了承し、また別の物語を語り始めた。
そんな中、俺と俺の連れである彼女は酷く異端なのだろうなと、ふと思った。何故なら中心の少女は十三歳ぐらいだし、取り囲んでいるのも同年代かそれ以下だ。比べて俺達はというと、十五もはるか超えた十七、八……それぐらいだ。最年少の子供とは十歳以上もの差があるだろう。
俺は風上圭太。不登校の高校生だ、と思う。実を言うと、時間感覚が曖昧だから、正確にはちょっと分からない。たぶん家に帰れば分かる。自分の誕生日はちゃんとそらで言える。まあおそらく、高校生で間違いないだろう。
そして、俺の連れというのが彼女だ。その長い髪は金属的な光を放つ鉄色、右眼は紅く左眼は蒼い、そんな特異な容姿をした女だ。名前は俺がつけた、綺羅という。
正しく言えば、綺羅が俺の連れなのではなく、俺が綺羅の連れだ。俺が、綺羅に引っ付いて一緒に旅をしている。綺羅もじゃあおいで的な感じで誘ってきたため、問題はない。未練たらたらに元彼女にすがり付いてるみたいな、そんな関係ではないのだから。
これは互いに認めていることだが、俺達は彼氏彼女の関係にある。ただ、それらしい行為はしたことがない。とりあえず俺の気持ちははっきりしている。綺羅も、俺のことを嫌っているわけではないと思う。そして、共に旅をしている。傍から見れば、ただそれだけだ。
だが、俺としては〈彼氏彼女〉、この言葉ではっきりした関係はとても大事だと思っている。たとえ何をしたわけでもなくても、俺はそれを大事にしたいと思う。綺羅はどうかは知らないけれど。
現在俺達がいるのは、見渡したところ建造物の影も形もないような、草原。季節は夏……が終わり、ちょうど秋に入ったところだ。大地には草が申し訳程度に生えている。それも、強い日差しと栄養不足にやられたのか、緑の色をほとんど失った枯れ色をしていた。
そこを黙々と歩いていく。俺と綺羅の、いつもの旅の光景だ。始終一緒にいるものだから、特に話すこともない。沈黙にはもう慣れたし、何より好きだった。無言のうちに、綺羅の気配が感じられる。それが、とても嬉しい。傍に綺羅がいる。綺羅と俺は、二人きりだという、そんなことが。
ちなみに、やはり俺は行き先を知らない。いつもいつも、綺羅は「行けば分かるわ」と言って行き先を教えてくれない。ただただ綺羅についていく。その先で、色々と事件に巻き込まれるわけだ。
綺羅は、能力者と呼ばれる人達の一人だ。綺羅の左右で色の違う瞳は“想視眼”と言って、感情を視ることができるそうだ。そして、生物――今のところはほとんど人だが、時たま動物もいる、さらに生死は問わない――のもとへと赴き、そこで拾った木の枝とか鉄パイプとか、まあ細長いものを使って彼らを現世から解き放つ。綺羅によると、感情を断ち切っているらしい。
そんなこんなしながら旅を始めてしばらく経つ。草原を行く俺達の前に、突然男達が現れた。そう、突然だ。
前方から、物凄い勢いで馬を駆ってやってくる男達。俺は思わず逃げ出したくなったが、綺羅は至って平然としていて、あまつさえ立ち止まって彼らを待つようなことまでしてのけた。仕方が無いから、俺も立ち止まる。情けない話、俺は綺羅の後ろに半分ぐらい隠れていた。
俺達の前までやってきた男達は、尋ねた。
「旅人さん、ですか?」
「ええ、そうよ」
綺羅が答える。途端、男達の顔が輝いた。まあこれは比喩であるが、彼らが汗をかいていたというのも事実だ。それはともかく、嬉しそうに顔をほころばせて、
「私達は、この先で野営をしています。ヴィルテン族といいます。良かったら寄っていって下さい、歓迎しますよ。お疲れでしょう」
一気に言い切った。綺羅はちらりと俺を見やる。どうする、という感じの視線だったが、俺にはほぼ決定権がない。たぶん、考慮されるのは十パーセントにも満たないぐらいだろう。判断は、綺羅に任せる。俺はそう念じながら見返した。綺羅の瞳が煌めいた。綺麗だな、と思った。活き活きとしている綺羅は、とても綺麗だ。
綺羅は男達に向いた。
「なら、お世話になるわ。野営地まで、どれくらい?」
「そうですね、そんなにはかかりません。本当にすぐですよ」
「じゃあ歩きましょう。圭太?」
俺は頷いた。異論はない。
男達は、蹄の跡を残して駆け去っていった。俺達は、それを追えば良い。こうして、ヴィルテン族とやらにお世話になることになったわけだ。
ヴィルテン族とは、ここら一帯を移動して回る民族だった。肌の色は、少しだけ濃い黄色人種程度。髪は霞んだ枯れ草色で、眼は黒。だから、髪を染めて焼けている日本人、に見えなくもない。顔立ちだって、違和感がない。
そんな彼らに、俺と綺羅は迎えられた。人数は、日本で大家族と呼ばれる一家が三つ分ぐらいだろうか。老若男女、揃っている。どちらかというと子供のほうが多い。少ない老人方は誰もが健在のようだ、自分の足でしっかりと立っている。そのうちの一人が、進み出た。
「いらっしゃいませ、お二人様。私は、長のロッドと申します。お立ち寄り、どうもありがとうございます」
「私は綺羅。こっちは圭太。お世話になるわ」
「どうぞ、よろしくお願いします」
綺羅の簡略化された自己紹介に、俺が頭を下げた。どうにも綺羅は居丈高というか、あまり相手に敬意を払うような話し方をしないから、どうにか俺がフォローしないといけない。フォローになっているのか微妙なところだが。とりあえず、綺羅の代わりに俺が敬意を払おうと努めている。
ロッドさんのほうはというと、そんなに気にしていないようで、
「ごゆっくりなさってくださいね」
と、俺達の休む場所を用意させている。すぐにそれは完了したようで、俺達は一つのテントに案内された。ロッドさんは、何日でも滞在して下さい、このテントは好きに使ってください、と言った。俺達は行為に甘えることにした。
現在のヴィルテン族は、少しずつ西へと移動しているそうだ。そこで冬の終わりから穀物を育てていて、それを収穫する時期なのだという。明くる朝、俺達のためにかしばらく留まろうとする彼らを、手伝いを申し出つつ出発させることに成功した。ちょうど進む方向が俺達とヴィルテン族では同じだった。先に進むことも出来て、むしろちょうど良かった。
手伝わされたのは俺だけで、綺羅はその珍しい容姿から子供達にまとわりつかれ、相手をしてやっていた。綺羅のほうも満更(まんざら)ではない様子だ。何となく綺羅が奪われたような気がして、俺は始終むすっとしていた。
午前中のまだ涼しいうちは移動をし、太陽が頭上を通過した後は子供達の教育等に当てるらしい。今日もそれに従い、移動は午前中で終了となった。
「どうもありがとうございます。お陰で昨日一昨日よりも進むことができました」
「いえいえ。これくらいなら全然大丈夫です」
ロッドさんが感激したように手を握ってくるのをやんわりと押し返し、俺はヴィルテン族の男達に混じって少量の酒を飲んだ。未成年? まあそうなんだが、彼らによるとアルコールはそんなに強くないらしいし、少量だ。俺は、酒豪である親の影響か酒には強いようだ。水みたいだというとやりすぎだが、小さなコップ一杯ぐらいはどうということはないだろう。
その後は、皆のんびりと過ごす。俺は小さな少年数人に色々と質問を受けた。どこから来たの? おにいちゃんだれ? どーこ? けーた? あのおねえちゃんの彼氏? などなど。綺羅は相変わらず、性別を問わず群がられていたが。
しばらく経つと、ロッドさんがやってきた。ロッドさんは子供達に、お話の時間だよと声をかけた。子供達は歓声をあげて、一斉に一つのテントに殺到する。その素早さは、実に見事だ。ロッドさんは、俺達にも言った。
「これからある娘が語りをします。良かったら聞いていきませんか?」
俺は綺羅を見た。綺羅は、俺のことなど考慮にない様子で頷いていた。
「ええ。聞かせてもらうわ」
「圭太さんは」
「あ、俺も聞きます」
慌てて立ち上がると、先にさっさと歩いていく綺羅の背中を追った。
テント内は、案外広かった。赤子から中学生ともいえる年齢まで、様々な子供達が集まっているにもかかわらず、俺達が入ってもまだスペースが有り余っていた。眩しい太陽光は遮られ、ずっと外にいた身では少しばかり暗くも感じる。
子供達の中心には、一人の少女がいた。十三、四ぐらいだろうか。その髪は長く、うなじで一つに結ばれ、他と同じ枯れ草色だったが、その瞳は違った。ヴィルテン族の大抵は生粋の黒い眼をしているのだが、その少女は黒は黒でも青みがかった黒をしていた――暗い青、と言ったほうが近いだろうか。
少女は少し俯き加減に座り、しばらくそのまま動かなかった。その間、子供達はじっと静かにしている。外にいる時はあんなに元気一杯騒いでいたのに。そんなに、この少女の語りは凄いものなのだろうか。
と思考を巡らせていると、少女がゆっくりと口を開いた。声は、高め。囁き加減に話し始め、しかしそれは場面によって大きく様相を変えた。声だけじゃない、表情もだ。明るい場面ではとても楽しそうに、悲しい場面では悲痛そうに、暗い場面では声を低くし、切羽詰ってくると口が速くなり、抑揚と緩急をつけて、語っていた。
実を言うと、少女が何を話していたのか、俺は覚えていない。ただ、言葉にできないイメージが脳にどっと流れ込んできたような、まるで言葉で描かれた絵を見せられたみたいだった。
少女が静寂を作り、頭を下げた時に我に返った。凄い、としか思えなかった。他の言葉が、浮かんでこないんだ。脳内では少女の声がわんわんと反響し、他の発生を許さなかった。子供達と一緒に、俺は夢中で拍手をしていた。子供達は、口々にアンコールをねだる。少女は笑って、しかし了承しようとはしなかった。
俺は、ふと綺羅を見た。綺羅は拍手をしていた。表情は明るく、しかし何故だろう、違和感を覚えた。とにかく、俺は綺羅を見た瞬間に一気に冷めた。醒めた。何故だろう。感嘆の表情をしているのに、変だ。
そうだ。綺羅の眼が、笑っていないんだ。もちろん感嘆もあるのだろう、しかしそれ以上に何かがあるんだ。さすがの綺羅も、眼だけは偽れないようだ。綺羅はじっと渦の中心の少女を見つめて、何かを掴み取ろうとしているみたいだった。
少女は一つ、物語を語っただけでテントを出ていった。それを眼で追った綺羅が、立ち上がる。子供達はわらわらとテントから出ていき、外で騒いでいた。綺羅はそっと少女の後をつけていった。少々離れた位置から、俺もそれを追うことにした。
To be continued...