鈴の夜 1-1


 パタン、と手にした鏡を閉じて、少女は口元に笑みをかたどった。二、三度肩を震わせると、虚空に声を放った。
「――洸夜」
「何だ」
 まるで鈴を鳴らしたような音に、低い声が答える。現れたのは黒髪に赤眼、黒服の少年。対して少女は、同様の黒髪に瞳は黄褐色、白装束を身に纏っていた。
 闇に浮かぶ少女は鈴音。
 闇に溶ける少年は洸夜。
 面白がるように、鈴音が首を傾げて笑った。
「今日ね、とうとう言われちゃったよ……王女様に。『貴女は誰?』って」
 ゆっくりと動く振り子のように、今度は反対に同じ角度で傾ける。
「やっぱり忘れられてたみたい」
「無理もないだろう」
「そうね、あんな子供の時に、数日遊んだだけだもの」
 そっとまぶたを伏せると、遠い思い出を見る。その様子を、洸夜は黙って眺める。階層に十数秒を費やすと、鈴音は何かが吹っ切れたように瞳を現した。
「とにかくやっぱり、王女様の血が欲しいわ」
「しかし下手な接触は危険だぞ」
「大丈夫。ヴィンターゲシュ在学中、宮廷の監視役とかはいないから」
「違う」
 遠慮の無い否定の言葉に、鈴音はきょとんとして洸夜を見た。そのあどけない表情とは対照的に、洸夜は真剣な面持ちで鈴音を見返した。
「エナンシー王女は、テリアルでも類を見ない程の魔力の持ち主だ。それだけじゃない。彼女は幼少時既に、呪いの術が使えた」
「呪い……を?」
「ああ。あの藤夜・黒石は、エナンシーに掛けられた呪いを体内に未だ保持している。何より、俺自身が現場を目撃した。おそらく無意識で、対象が藤夜であったのも偶然、だろうが」
 まるで独白のように発された言葉は、闇を震わせて相手へと届く。
「へぇ。藤夜……貴女の従弟の」
 愛しげに眼を細めていた鈴音は、一度確認するように言った。そして唐突、高く笑い出した。天を仰ぎ、口を裂いて、数十秒単位で笑い続ける。やがてゆっくりとうなだれ、叫ぶような笑い声は空(くう)に散った。
「……そーう。王女様、そんなことがあったのね。触れなくてもいつか突然破裂する、爆弾みたい」
「だから危険だと言っている。……だが、お前が決めたことなら反対はしない。勝手にやってくれ」
「それって――私から離れる、ってことかな?」
 不穏な調子を声に漂わせ、岩の上から身を曲げて、鈴音は洸夜に顔を近づけた。真正面から向かい合い、両者とも油断ならない眼で互いを見据える。口を開いたのは鈴音だった。
「――それはできないよね。だって貴方は、私に縛られてる。一度忠誠を誓ってしまったんだから、もう仕方ないよね。離れても良いけど貴方は死ぬよ? 貴方の体内に埋め込まれた私の血が暴走して、貴方は狂い死ぬよ? 良いの?」
 物騒な台詞を笑顔で放ち、鈴音は勢い付けるように身を引いた。洸夜は表情を変えず、ただ一筋の冷や汗を頬に伝わせ、鈴音の動作を見ていた。鈴音は、満足げな笑みを浮かべた。

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あとがき

実はこれを授業中に書いていました。すみません。
ルーズリーフで見ると結構あるように見えるのに、
打ち込んでみると案外少ないものですね。気付いてしまった。。。
といっても一枚もいっていないのですがね。

さて、この物語について。
ネタ倉庫の学園系に置いてあるうちの二つ、
『Prunus』『慧那』
この二つに共通で出てくる、鈴音さんがメインです。
洸夜という名の彼も、倉庫のほうには書いていないのですが出てきます。
怪しい感じで書きたかったので、こんなものが始まりました。
『Prunus』『慧那』の伏線みたいなものと考えていただいて結構です。
うーん、これ続くんだろうか?^^;
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