1「あの山を越えた先に、彼女が待ってる」
4
風花の持つ白雪色の髪は、どこにおいても注目を集めた。
加えて、瞳は血の赤。目立たないわけがなかった。
「なんだあの娘、髪を見てみろ」
「どうしたんだ、真っ白じゃないか」
「珍しい」
「眼が真っ赤だ! まるで血みたいだ」
「ねえねえあのおねえちゃん、うさぎさんみたい!」
「しっ、そんなこと言わないの」
「隣のあの男の子、あの子の髪も白っぽいなぁ」
「兄弟かしらねぇ」
道を歩けば、囁かれる言葉が耳に入ってくる。風花は既に慣れっこになっていたが、珀桐のほうがそうともいえず、酷く居心地悪そうにしていた。身体を縮める珀桐をちらりと見下ろし、しかし何も言わず風花は歩き続けた。
「なあ、まさか、“死神”じゃないか」
「な、おい、馬鹿なことを言うな」
「もしかして、白の?」
「“悪魔の娘”だ!」
「なんですって!」
「いや、決め付けるのは早くないか」
「でもなぁ」
「別人かもしれない、そうしたらどうするよ?」
「しかし、容姿は噂とぴったり一致するじゃないか」
「それでも、決め付けるというのは、なあ?」
「そうだ、もしかしたら何か事情があるのかもしれないし」
「とりあえずは……」
勝手に憶測を述べてくれる町の人々に、風花はそっと嘆息する。そして、視線を固まって噂し合う塊に向けた。途端、塊から発されていたざわめきがすっと収まる。珀桐のほっとしたような吐息と、気まずげな空気を感じながら、風花は宿屋を探した。
適当に一軒を選び、珀桐と共に部屋を一室取る。宿屋の主人は、風花を見、珀桐を身、また風花を見て少々怯えたようにしていたが、風花が静かに平然としていれば何もいさかいは起こらない。また適当な料理屋で夕食を食べると、二人は早々に部屋へと引き上げた。
「……風花様」
「何?」
「え、っと」
橙色のランプで照らし出される薄暗い部屋の中、珀桐の呼びかけを半ば聞き流しつつ、風花は“白雪”を抜く。現れた白い刀身に指を滑らせ、刃を注意深く見、それからそれ用に持っている布で触れたところを丁寧に拭いた。それを鞘へ戻すまで、珀桐はずっと黙っていた。
「……なんでもありません」
風花が“白雪”をしまってから、珀桐は視線を逸らした。風花は深く追求することなく、そう、とだけ言った。珀桐が何を言いたかったのか、風花には分からなかったが、本人が言わずにいるのだからそう重要なことではないだろう――あっさりと納得していた。
ただ、珀桐はそれなりに引っ込み思案なので、自分から言うかどうか。
だから、風花は一声かけておいた。
「何か言いたいことができたら、言ってちょうだいね」
「……はい」
珀桐は神妙な顔つきで頷いた。それを確認すると、風花は立ち上がった。振り返りながら笑ってみせる。
「さあ、今日は寝よう。珀桐、歩きどおしで疲れたでしょ」
「あ、……はい、実は」
「じゃあ、ほら仕度して。寝よう寝よう」
そう急かしてから、風花は珀桐の視線に気付いた。珀桐は、気遣わしげな眼で風花を見ていた。しかし、やはり風花は何も言わず、ゆっくりと寝台を整え始めた。それを見て、珀桐はやっと動き出す。せめて自分のだけでもやらなくてはという想いからか、風花の手伝いなしに手早く一つの寝台を整えた。
珀桐は先に寝具の中へ身を滑り込ませ、風花は“白雪”を手に取った。それを抱え込むようにして、眼を閉じる。
「おやすみ、珀桐」
「……おやすみなさい、風花様」
最初の夜は、静かにふけていく。