1「私は、世界を見てみたいのよ」
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曇天。港町の波止場に、酷く目立つ容姿の少女が立っていた。
旅用の長い外套にくるまれ、吹き付ける強い潮風に身を晒している。うなじで括っているその髪は燃えるような赤。底の厚い長靴を履く足で、しっかりと混凝土(コンクリート)を踏みしめている。年頃は10代前半。
その少女が、振り返った。
「清浪。時間大丈夫?」
「問題ないだろう」
柘榴石の色をした少女の瞳の先には、男がいた。髪はくすんだ青灰、瞳は氷のように鋭く冷たい。年齢は20歳前後に見える。少女と同じく、簡単な旅装をしている。
「だが、そろそろ行ったほうが良いぞ」
「分かった」
身軽そうに、少女が防波堤から飛び降りる。先に立って歩き出した少女の後を、男が追った。
外交の行われる港町である、商人その他多くの人々がここには滞在している。そんな中、颯爽と歩いていく赤い髪の少女と青い髪の男の連れは、かなり目を惹くものがある。ほぼ全ての人々が思わず振り返るのだが、当の本人達は一向に気にする素振りも見せず、淡々と歩を進める。
辿り着いたのは、大きな屋敷だった。
「ここよね」
「ああ」
短く言葉を取り交わすと、少女が門に取り付けられた輪を掴み、二度打ち付けた。すぐに門番が飛んできて、用向きを訊ねた。
「主殿(あるじどの)にお目にかかりたいのですが」
「ご用件は?」
「晋延殿には、この時刻に訪ねるという連絡は届けています」
重ねて訊いてくる門番に、男が補足する。門番は苦笑して、頭を掻いた。
「ああ、それは失礼致しました。お名前は?」
「建清浪」
男が名乗ると、しばらくお待ち下さい、と言った門番は広い庭を抜けて屋敷へと駆けていく。そして、すぐに駆け戻ってきて門を開けた。
「お待たせしました、建殿。そちらはお連れ様で?」
「そうです」
短く答え、清浪とそして少女は門の内側へと足を踏み入れた。慣れた調子で屋敷へ入っていく後姿を見て、門番が呟く。
「うわー、どこのお人だろう、もしかして」
「ようこそいらっしゃいました」
使用人達が立ち並び、同時に礼をする。奥から主である男が歩いてきて、清浪と握手を交わした。
「やあやあ、こんにちは清浪殿」
「お世話になります、晋延殿」
男の名は、黄晋延。背は低く恰幅が良く、年は50歳前後ぐらいだろう。代々続く大商人の家柄で、笑顔を浮かべるかなりのやり手だと誉れ高い。
「で、そちらは」
と、晋延は少女を見やる。少女も白い腕を伸ばして、晋延と握手する。
「初めまして、晋延殿。紅耀燐です。お邪魔します」
「耀燐殿か。お父上はお元気かな?」
「ええ、おかげさまで」
そう返す時微かに、少女――耀燐の口元が憎々しげに歪んだ。しかしすぐにそれを覆い隠すと、無邪気そうな笑みを浮かべた。
「健在です」
「そうかそうか」
対して晋延も、灰汁のない満面の笑みを見せる。そして、割れ物を扱う時のような慎重な手つきで、耀燐を奥へと導いた。
「どうぞこちらへ。外は寒かったでしょう。お温まり下さい。……清浪殿も」
「ご好意感謝いたします」
耀燐が軽く頭を下げる。晋延に導かれるままゆっくりと歩み、清浪は無言でその後に従った。