「……我がこのような肉体になったのは、そんな出来事があったためだよ。大したことではない」
黒冥螺はそう締め括った。
「ふーん……」
相槌を打った少女は影で、首を傾けて陽に焼けた茶の髪を揺らした。
「じゃあ、時々冥螺に会いに来るのって、冥螺のお兄さんの空遙なんだ」
「兄……かは分からぬがな。兄妹、姉弟、……家では左様な区別はしておらなんだ」
「今となっては、当時以上にそんな区別、要らないだろうしね」
言いつつ白髪の翫は、話を聞きつつ進めていた銃の整備の最終確認を終え、手の中でくるり回してから、普段身につけている場所に戻した。
「変な感じだね、双子って、兄弟なのに上と下の区別が付かないなんて。二人は対等だったみたい。少し羨ましいかな」
「影は兄弟、多かったんだっけ?」
「うん。もう、凄絶な格差社会だね。重要な作業は兄さん姉さんがやる代わり、雑多な雑用は兎に角下がやらされたよ。ご飯は兄さん姉さんのほうが格段に多かったし」
家族のことだからだろうか、彼女にしては珍しく、心持ち頬を膨らすという、目に見える様子で不満を示しながら思い返す。
ふと顔を上げた翫が、冥螺に向いて問う。
「冥螺の話し方は、もしかしてその麗羽の影響なのかな?」
「話し方……とな?」
「その頃はそんな話し方、していなかったでしょう? さすがにさ。『せねば』とか『だのう』とか、その辺り、麗羽と似ている気がするんだけど」
「ふむー、言われてみれば確かに、そうかもしれぬな」
今まで意識したことがなかったらしく、冥螺は唇に指を当てて考え込む。
「あの後、我等は冥府へ降り、空遙は其処に残った。我は再び地上に戻り、あの地で〈贄〉を待つという任を解かれた麗羽と共に、世界を渡り歩いた。麗羽と過ごした時は長かったからの、幾らか影響を受けたかもしれぬ。
しかし全てがそうではなかろうな。今の話し方は恐らく、黒の家を興したその頃に形成されたのではないかと思うが」
一度黙り込むと、やがて冥螺は思い出したように付け加えた。
「大勢の人を従えるにおいて、話し方は重要かと考えての。威厳ある話し方を追求しようとしていた覚えがあるが、――その結果であろう」
「あ……なるほど」
「そんな理由だったんだね」
どこか幼いその結論に、翫も影も苦笑を漏らす。我ながら少しばかり呆れる、と本人も同意する。
「実際、我と麗羽は古い話し方をするかもしれぬが、決して同一ではなかろう。次に麗羽と会うことがあれば、良く聞き比べて欲しいところだの」
「そうしてみるよ」
心なしか不服げな主に、翫が答えた。
仄かに俯いていた冥螺が、ふと顔を上げると、囁くような声音で言った。
「そろそろ……かの」
「空遙が来る時間?」
「左様。奴は全く、契りた時刻を違えることがない……役柄、取れる時間も限られているのやもしれぬが、な」
「それじゃあ、私達はそろそろ行くよ」
言うと同時に、落ち着けていた腰を影が浮かした。翫もそれに倣いながら一言、言い残す。
「僕は冥螺の警護の担当時間だけれど、二人の邪魔をするのも悪いしね、扉の外にいるよ。何かあれば声をかけて」
「相分かった」
冥螺が頷き、それを見届けた影が扉を開き、翫が軽い挨拶に片手を挙げた。それに応じ、二人の背が消えるのを見送って、冥螺は一つ嘆息した。
その背後の窓枠から、まるで待ち受けていたかのように、彼女と良く似た声が呼んだ。
「――やあ、空音」