紅耀燐 白風花 黒冥螺  
   

五界姫譚 黒冥螺

01「」

「そもそも、おかしいのではないかしら」
 そう言い出したのは、ハンだった。
「何が?」
「こんなにも雨が降り続くことよ。もしや、誰かが私達を呪っているのではなくて?」
「おいおい、んなことねえだろ。さっすが、深窓のお嬢さんは違うねえ」
 訊き返したガンへの返答に、笑い出したのはランだ。ダスクネイヴィーと称される髪までも揺らし、腹を抱える。からかいの言葉に、羞恥から反は赤面した。
「な、何がおかしいのです?」
「この時期この土地! ……この長雨。常識だぜ?」
「乱、そう嫌味な言い方をしなくても……」
 ダクが控えめに口を挟む。飾り気がない故に無粋で、時に辛く当たりすぎる乱だったが、気の弱い濁にかかれば、逆に気を殺がれるらしい。うーん、まあな、とごちながらも、乱は尻すぼみに引き下がった。
「にしても、ちと長いかもしれぬのう」
 幼い少女の声に、四人の視線が一斉に一方向へ向けられた。彼らが潜り込んだ空き家に残されていた、朽ちかけた寝台の上に半身を横たえるのは、彼らの主・冥螺めいりゃだ。普段は両耳の下ほどで紐によって二房括られる、身の丈ほどもある長い黒髪は、今は解かれて敷布の上に広がっていた。彼女自身は全く頓着しないのだが、反が半ば悲鳴のような声を喉から絞り出して駆け寄り、丁重な手つきで持ち上げた。
「冥螺様! 埃が付きますわ!」
「良いであろう、かようなことは」
「いいえ、髪は女の命ですわ!」
「とも言うが、我のような幼き娘では……、まあ良い。少し切るかのう」
「いけません! このような大切な髪をお切りになるなどとは、まあまあ勿体無い……」
 そんなやり取りに、部屋の隅で大きな溜め息が吐き出される。マイが髪をがしがしとかき回し、左眼の片眼鏡を弄った。
「こんな湿気があっちゃあボクの大切なボム達が傷んじゃうよ」
「まあ、そうかもね」
 扉が軋んだ音をたてながら開き、少女が姿を見せて冷たい視線を埋へ向けた。埋はぶうっと唇を尖らせ、年下の少女に対して幼い反応を見せた。
「だっけどさー。エイにとっちゃあ良いだろうけどー、ボクにとっちゃあ大事な大事な愛するボム達よ? 大事な、大事な大事な、大事な大事な……」
「あー、煩せえ埋。影、どうだった?」
「もうすぐやむね、この雨。少しずつ勢いが弱くなってきてるよ」
「お疲れ様。外はお寒くございませんでして?」
 埋の不平を乱が遮り、影が報告した。なかなかやまない雨の様子を見るために、最も天候の動きに冴えた影が外へやられていたのだ。ショールを手にして近寄る反を、影は小さな手で追い払うようにした。
「要らないよ、反。あたしは別に寒さなんてどうってことないよ」
「けれども、冷えては身体に悪いですわよ!」
「別に、風邪なんかひかないじゃん」
「まあ……そうですけれども……」
 どこまでも冷たい影の瞳に、反もすごすごと引き下がる。それを傍観していた乱が大きな笑い声を上げた。
「ははははっ! こーりゃあ一本取られたなあ、反?」
「よっ、余計な一言は要りませんでしてよ!」
「ひーっひっひっ、負け惜しみは見苦しいぜ?」
 掠れた笑い声から、乱はかなりの時間笑いを堪えていたらしい。反の頬がたちまち羞恥に染まり、ヒールの高い靴を履いた足が、乱の横腹を抉る。ぐえっと呻いた乱は、痛みを与えられた横腹を抱えて悶絶した。
「くっ、くっ、喰い込んだ……」
「あ、影。レイは?」
 翫が尋ね、一時その場が静まった。窓の外で、だんだんと弱くなりながらも未だ地面を叩く雨の音が鳴る。十秒ほどの沈黙の後、濁が言った。
「さ、さっきそっ、そこにい、いました、ようでっねっがっ」
 焦りからか早口で舌が回らず、あまつさえ噛んでいた。反が呆れて眼を細めた。
「濁。落ち着きなさいな?」
「そうだぜー。ま、あいつのことだし大丈夫だろ」
「とはいえ、いつの間にかいなくなってるとちょっと怖いよね」
「乱の言うとおり、たとえ襲われたとしても容易く痛めつけられるような奴ではない。……だが、奴は己が内へ溜め込んでしまう性じゃからのう」
 考え深く冥螺は言うと、ついと乱を細い指で指した。
「ちょいと探してくりゃれ」
「はぁ!? 何で俺が!」
「女子をこの雨の中へ行かせると申すか」
「じゃねーよ! な・ん・で! 翫でも埋でもなく俺なんだ!」
「ボクは大事なボム達から離れるわけにはいかないの!」
「じゃあ持ってけ!」
「馬鹿言うな! どうしてわざわざボム達を傷めつけなくちゃならないの!?」
「どーでも良いだろが!」
「……爆破されたい? できるだけ痛みを味わえるのを用意しちゃうよ?」
「う……ぐう……」
「僕が行くよ」
 最終的に翫が名乗り出ると、命じた冥螺や命じられた乱の返事を待たず、雨の中へと出て行った。固まっていた乱は溜め息をついて床へ伸び、埋は彼の最も大切な爆弾達を抱え込む。濁が不安そうな瞳を、影が冷たい瞳を、冥螺に向ける。反が尋ねた。
「よろしいの?」
 冥螺はあっさりと頷いてみせた。
「良かろう。呼び戻す手段が最も温和なのは翫であろうからのう」