紅耀燐 白風花 黒冥螺  
   

五界姫譚 黒冥螺

 僕は。
「あはははははははははっはははあははははははははははははあははははっはははははははははははははははははははははっはははははあははははあはははははははははははああはははははははあはははははははははははははははあははっははははははははあははははははっははあはっははははあはははははっははははっははははははは」
 ああ、何て魅惑! 何て快楽! 
「見ろ! 僕の息子達が、僕の娘達が、子供達が、弾けてゆくよ!」
 ああ誇らしい! 僕の子供達は、立派に働いて力を発揮しているではないか! 喜ばしいことだ、喜ばしいことだ、喜ばしいことだ。苦労して生み育てた甲斐があったではないか!
「美しい……美しいよ……光と炎の幻影! 曲芸団による最高の見世物! 団長は僕、団員は僕の可愛い可愛い子供達! 命を賭して観客をお持て成しするよぉ!」
「きゃあ、あぁあぁああぁあ」
 両手を広げて仁王立ちする僕の背後から、女の叫び声が聞こえた。
「お父様! お父様! 嗚呼――研究所が――お父様……、――! あなたの仕業なのね、そうなのね、今すぐ止めて、火を消して! 火を消して! お願い! 火を消して!」
 僕は呆れた。全く興ざめな要求をしてくれる女だね。そんな彼女は僕達の観客としてこの場に相応しくない、排除しなくては。僕の名を狂ったように呼びながら掴みかかってくる彼女。礼儀もなっていない。僕はあくまで丁寧な手つきで、彼女にそれを手渡した。警戒心もなく大人しく受け取る彼女。僕はそれに宜しくねと一言頼んでから、急いで彼女から離れた。
 戸惑った叫びと、直後の爆発音。
「大丈夫、僕は慈悲深いから……即死させてあげるよ。あげたよ!」
 あははははははは!
「お客さぁん、喜んでくれたかなぁ? ふふっ」
 研究所はますます燃え盛る!
 僕は息子? 娘? どちらでも構わない、愛しい子供の一人に唇を寄せて、ふっと微笑んだ。緑の片眼鏡に映り揺らめく炎。ああ、美しいよ。これを生み出したのは、紛れも無く僕の子供達!
「……ねぇ、所長?」
 今も炎の中で踊っているのかもしれないし、もしかすると息絶えて身を伏せているのかもしれないし、どうしているか分からないけれど、聞こえなくても良い自己満足なのだから、僕は勝手に呟く。
「どうですか? 素敵でしょう? 少なくとも僕は、素敵だと思うんですよ」
 ねぇ、所長。
「あなたが僕を切り捨てると、僕に居場所はなくなってしまうんですよ」
 ねぇ、所長。
「だから僕が先に、あなたを切り捨てたんですよ。どこにでも行けるようにね」
 ねぇ、所長。
「そして僕は行くのです。苦労して生んだ、子供達を勿論活躍させてからね」
 ねぇ、所長。
「僕は、まだ見ぬ世界へ、逝くのです」
 ねぇ、所長。

 あなたは僕を、愛していましたか?

「素敵でしょう? 素晴らしいでしょう? ああ何て愉快! ああ何て爽快! 美しい! 素晴らしい! 絢爛豪華! 賢覧業火! ああ美しい、素晴らしい! あなた方が招待に応じて下さったことを心から喜び申し上げますよ! けれどね、どんな喜劇でも悲劇でも、観劇料が必要ですよね? だから頂いたのです! 観劇料です、あなた方の命です! 命を賭してでも見る価値のある劇だと、そうは思いませんか、皆様! 一生に一度の上演ですからね! あはははははははははははははは!」
 あなたは僕を狂っていると言った。
「僕は自分が狂っているだなんて思いませんよ?」
 もし何かが狂っているのだとしたら、
「それは間違いなく“世界”のほうです!」
 確信。

「僕は狂ってなどいない!」

「ああ、狂ってなどいない」

 思いもよらない返答に、僕は思わず動きを止めた。
 ……誰?
 聞いたことの無い幼い少女の声だ。その方向を向く。……いた。やっぱり小さな女の子だ。身の丈ほどもある長い髪に、暗い色の瞳。それにしてもこの研究所には相応しくない様子だ。けれど、観客としては僕が認めよう。
「嬉しいな。そう言ってくれたの、あなたが始めてですよ」
 丁重にもてなさなければ。自然とそう考えながら僕は彼女に近付いた。
「そうか、それは喜ばしいことだ。お主の心へ安寧を与えた初なる人が我か」
「その通りです」
 僕はにっこり笑う。そこへ、彼女は唐突に提案をした。
「お主を認める場所で生き直すつもりはないか?」
 そう、それはとても魅力的な提案。僕は即答した。
「良いですね。けれど今の僕には、どうすれば良いのか分かりませんよ」
「我が導こう。お主の愛し子をその手中にて行使すれば、お主は新たな世界で認められるだろう」
 彼女の言っていることは、僕にはすぐ理解できた。案外僕と彼女は似た者同士なのかもしれない。
「つまり新しく生き直すには、死ななくてはいけないということですね!」
 分かりました。簡単なことですね。
「なら、巻き込まれないように離れていて下さいね」
 彼女が充分離れるのも待ちきれず、僕は最後の一つ手元に置いておいた子供を手にし、ピンを引き抜いた。
 爆発音が聞こえたような気がして、僕の意識はそこで途絶えた。