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 朝食を食べると、私達は校庭に出た。入学・進級式まであと八日。やっぱりまだ、来てる人は少ないのね。一割に達するかどうか、ってところかしら。それも、校庭に出ている人数をちらっと目算しただけだから、もしかしたら部屋の中にいるとかあれば、二割ぐらいいるかもしれないわね。
 特にすることもないし、私達は校庭散策をしてみることにした。
 広い校庭。ぐるっと木々に囲まれた、盆地にヴィンターゲシュは立てられている。だから、東を見ても西を見ても山が聳え立っていて、もう自然ばかりが目に入るのよね。特に高い山があるのは、北方。ただ一方、南だけは山がなくて、ロークェットっていう川の流れで多少開けてるわね。
 あんなに高い山があると、男の子は血が騒ぐのかしら。シュンスケは妙にそわそわして、凄いだとか高いだとか、同じことをずっと繰り返してるの。もう、聞いていて飽きるくらいにね! きっと登りたいんだわ、そうね。私は勝手に結論付けてやった。
「……登りたいのかしら、シュン?」
「あ、あはは……そのとおり」
「エリルはどうなの?」
「へっ、あっ、確かに登ってみたいですね、あう、登ってみたいね」
 よし、エリルの了解も取れたわ! ただ、一つ問題が。
 私、スカート穿いてきちゃったじゃない! こんな格好で山登りなんて、きついに決まってるじゃないの! 仕方ないから、着替えてくることにした。
「ごめん、ちょっと待ってて! ズボン穿いて来るから」
「了解ー」
「行ってらっしゃい」
 私は、スカートが翻らないように押さえつつ、全速力で部屋まで駆け戻った。荷物からジーンズを引っ張り出して、合わせてティーシャツも替えちゃう。白地に「Happy Peace!」ってプリントされてるやつよ。これでオッケーね!
 今度はスカートの心配なんてないから、さらに速度を上げて走る! おかげで、シュンスケには呆れられた。
「お前、今から疲れるぞ」
「平気平気! そこまでやわじゃないもの」
「疑わしいなー」
「むぅ、シュンこそいつも家の中で本ばっかり読んでるくせに、平気なのー?」
「おうともさ」
 自信たっぷりに胸を叩くシュンスケ。シュンスケは嘘は言わないから、なら信じても大丈夫ね。ちらっと見やったエリルも、問題はなさそうだわ。一つ大きく頷くと、私は拳を突き上げた。
「さあっ、行きましょ!」
「どうして、マユが主導権を握っているのか俺には理解できないね」
「誰かが言わないと進まないじゃないのっ、文句があるなら取りやめるけど?」
「……はい、分かりました。行かせていただきます」
 くうぅ〜っ! 久しぶりにシュンスケを言い負かしたわ! 物凄い快感。いつもやられっぱなしだものね。……でも、後でしっぺ返しが来たりするから、ちょっと恐ろしいところなのよね。シュンスケ、やる時は徹底的にやってくれちゃうから、室内人間だって甘く見てないほうが良いわよ。私が言うんだから間違いはないわ!
「っておい! 行きましょ、とか言ってた奴がどうして立ち止まってる!」
 やば! 一人物思いに耽っていたら、シュンスケ、さっさと先に進んでるじゃない! 酷いわ!
 ちなみにエリルは、私とシュンスケのちょうど中間地点で、どうしようといったふうに戸惑ってる。
「分かったわよ! すぐ行くから!」
 怒鳴り返し、小走りで進む。固まっているエリルの手首を左手で引っつかんで、右手はちょうどシュンスケの死角に当たるところから、ばっしんと背中を叩く! げほっ、と一度だけシュンスケは咳き込んだけど、むっとしただけで文句は言わなかった。たぶん、エリルを気遣ってたのね。だってエリルったら、喧嘩でも起こりやしないかって思ってるのか、凄く怯えて私達を見てるもの!
 私達は、ヴィンターゲシュの北、聳え立つ山へと分け入った。
 山とはいっても、実はかなり利用されているみたいで、鬱蒼鬱蒼、という感じはしなかった。たぶん、ヴィンターゲシュの授業で使われているのね。ところどころ、小さな空間ができていたり、そんな痕跡が残ってるのね。
 細いけどちゃんと道があって、歩くのに不便ということもなし。多少坂は急なんだけど、道沿いの木は綺麗だし、手をつくのに躊躇われるということもなし。ところどころで鳥も鳴いていて、花が咲いているわけでもないのに春が傍に感じられるわ。うーん、ここに来るの、癖になりそう!
 三人誰も無言で歩く。でも不快感は全然ないのよね。
 途中で、広めの空間を発見した私達は、そこで小休止することにした。地べたに座り込むと、ヴィンターゲシュの校舎と広い校庭が見渡せた。下にいる時は広くも、狭くも感じた。けど、ここにくると狭くも、広くも感じるのが不思議ね。変わらないじゃないか、なんて言わないでよ、なんとなく感覚が違うんだから!
「いっやぁ〜、凄いな」
「眺めが……」
「人が本当に小さく見えるわね」
「おう。世界に比べれば、俺達はこんなに小さいんだってことが実感できる」
 シュンスケったら、何格好良いこと言ってるのかしら!
「……まあ、同感だけどね」
「だろう?」
「何で」
 と、呟いたのはエリルだった。それは真剣な響きを含んでいて、私達は思わず黙り込んで、エリルを見た。エリルは、膝を抱え込んで、俯き気味にしていた。眺めの黒髪がその頬を覆って、表情はよく見えない。でも、それはきっと、何だかひどく硬質なものに思えた。