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 三月二十九日。早朝。
 カーテンで仕切られた薄明るい空間で、私は目覚めた。いつものように伸びをする。眼をこすりながら時計を見ると、朝の六時、数分前。起きるのにはちょうど良い時間ね!
 勢いよくカーテンを開いて、歩み出る。シュンスケとエリルはまだ寝ているみたい。そそくさと部屋を出ると、私はシャワー室に向かった。何故かって、そこしか水場がないから。ばしゃばしゃと顔を洗って、用意しておいた服に着替えて、洗面用具セットの中から取り出した櫛で髪を梳く。時間をかけて丁寧にツインテールを作ると、準備はオッケー! 鏡を見てにっこり笑顔を作ってから、私はシャワー室を飛び出した。
 とにかく、シュンスケとエリルを起こさなくちゃ。
 シュンスケは、前にも言ったけど低血圧。だから、エンジンがかかるまでに時間がかかるのよね。先に眼を覚まさせておくことにするわ。遠慮なくカーテンを開いて、さらに遠慮なく揺さぶる!
「おーい、シュン、シュン! 朝だよー」
「……あー、うー、……んー……」
「あーうーんーじゃなくって! 朝! あーさ! 起きろ! 起きなさい!」
「あー、わかた」
 ぶつ、と呟くシュンスケ。怪しいものだけれど、シュンスケは有言実行。言ったことは必ずやるわ。分かった、と言ったわけだし、きっともうすぐ起きるわね。
 次はエリル。
「おはよう、エリル!」
 がばっ。
 と、昨日の夕方みたいに、エリルは勢い良く上半身を起こした。忘れてた私、思わず仰け反って、声を上げそうになる。真剣に開かれた眼が私に向けられ、すぐにやわらかく細められた。そっと安心する。
「おはようございます、マユさん」
「おはよう、エリル。敬語」
「あっ、ご、ごめんなさいっ」
 起きたばかりだし、仕方ないわよね。私は深く追求せず、シュンスケの元へと戻る。エリルはシュンスケと正反対に、すっきり眼を覚ませるタイプみたいね。すぐに立ち上がって、顔洗ってきます、と声をかけてくれた。いってらっしゃい、と返すと、私はシュンスケの身体を起こす。昨日の疲れもあるせいか、今日は一段と目覚めが遅いわね。
「だいじょぶかー、シュン?」
「ああ……なんかまだぐらぐら……」
「頑張れ頑張れー」
 軽く、ぺちぺちと頬を叩いてあげる。ゆっくりと首を縦に振ったから、これは起きるって合図。よし、と声を出して、私は手を腰に当てた。エリルがぱたぱたと駆け戻ってきて、苦笑した。
「着替えを忘れちゃって。大丈夫、シュン?」
「んー、まあ、大丈夫でしょ」
 軽く受けあうと、エリルはほっとしたように息を吐き出して、シャワー室へと戻っていった。シュンスケはやっと立ち上がって、 「俺もー」
 洗面用具も着替えも忘れずに、エリルの後を追っていった。
 私はリビング(って呼ぶことにした、広い部屋)の椅子に座って、一枚の紙とペンを用意する。きっとまたミサエさんが来るから、朝ごはんの注文のためよ! 間隔を同じくらいずつあけて、マユ、シュンスケ、エリル、って三つの名前を書く。まるっこい。そういえば、エリルはどんな字を書くのかしら。書かせてみようかしら。
 シュンスケの字は、性格を表したみたいにきっちりしてる。私が丸だったら、彼は四角。一画一画をしっかり書いていくのよね。子供っぽさを覗かせる厳格さがある、とでもいうのかしらね。
 さて。私は何を注文するか考えてみた。とりあえずトーストかしら。昨日のジャム美味しかったし、それもお願いするわ。それから目玉焼きとベーコン、かしらね。
 そこまで書き込んだところで、エリルが戻ってきた。
「あ、エリル、ちょうど良いわ。これ、今日の朝ごはん。決めて、書いて!」
「はい。ありがとう」
 手渡された紙を見て、しばらく考え込むエリル。そして、すらすらと紙に書き始めた。その字は――
 微妙なところ。
 シュンスケみたいにきちきちもしてないし、私みたいにまるまるっともしてない。堅苦しくもないし、砕けすぎてもいない。微妙、っていうか、読みやすい字だわ。
 内容は、「白米ご飯 アサリのお吸い物 鰹(かつお)のタタキ 胡瓜の漬物」……エリルらしいわね。
「そうだ、シュンスケは?」
「たぶん、もうすぐ来ると思いま、思うよ」
「はいはーい」
 その言葉通り、シュンスケはすぐに現れた。もうすっかり眼も覚めたみたいね。「同上」と書き込むと、荷物をあさりに行った。持ってきたのは、ある教科書。がり勉……他にやることはないのかしら!?
 でも文句を言うと、シュンスケは絶対に言うの。
『良いだろ別に、何したって』
 そして、結局私が言いくるめられて負けて終わり! それは嫌だから、私はもう何も言わずにいた。でもエリルは後ろからそれを覗き込んで、感心したようにシュンスケと言葉を交わしていた。
「へぇ〜。角が生え変わるんだ」
「おう。そこは成長が早いんだと。で、どれだけ成長したかで雌を奪い合うと」
「壮絶……」
 何か、生物の説明を見てるみたいね。二人は楽しそうに、和気藹々としている。ちょっと仲間はずれな気分で落ち込みそうになったところ、こんこん、とノックが二回! ミサエさんだ!
「私出るから、気にしないで」
「お、マユ気が利くぅ。さんきゅ」
「お願い」
「任せといて!」
 さっき書いた注文の紙を引っつかんで、扉を開ける。渡されたそれを見て、ミサエさんは凄く驚いたみたい。
「わざわざこんな、お手数をおかけして」
「いえいえ! これからが大変でしょうし、できることはしますから!」
「そうしてくださるととてもありがたいです。……お願いしても、よろしいですか?」
 控えめに言う姿……可愛い!
「もちろんです! あ、それじゃあ、お願いしますね」
「はい、確かに承りました」
 ミサエさんは、昨日のように駆けていく。その姿はどことなく嬉しそう。やっぱり覚えるのは大変だったんだわ、と思って、手助けができたことに私も嬉しくなった。