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「ご注文をお持ちしました」
 そう言ったミサエさんは、カートを押して中に入ってきた。手際よくテーブルに並べられていく食事は、エリルのは注文どおり。私とシュンスケは、カットされた硬いパンと、それに塗るブルーベリーとストロベリーのジャム。さらに、さわやかなレタスのサラダ、サウザンドドレッシング。ご丁寧に、柔らかそうなお肉つき! 美味しそうだわ!
「どうもありがとうございます」
 シュンスケがお礼を言う。ミサエさんは一時間後にまた来ることを告げて、部屋を出て行った。残されたのは、美味しそうな夕食。あああ、早く食べたい! 私は素早く席に着いた。
「食べるわよ! 早く座って座って!」
「はいはい。分かってるって」
「本当に、おなかがすいていた、んだね」
 シュンスケは呆れ気味に、エリルは感心したように言いながら、私の言葉に従ってくれた。よおっし、食べるぞ! 食べるぞ! 食べちゃうぞ!
 ヴィンターゲシュに来てから始めての、食事。
「せーの、いただきます!」
「いただきまーす」
「いただきます」
 私が真っ先に、その次にシュンスケが、最後にエリルが食べ始めた。ああ、美味しいわ! 素材は新鮮だし、味付けはちょうど良いし。最高ね!
 食べている間無言というのもなんだから、私達は互いのことについて話し合うことにした。せっかくのルームメイトなのに、その子のこと知らなかったらつまらないし、何だか寂しいしね。
 まずは出身地よね!
「エリルはどこの出身なの?」
「え? 僕?」
「俺とマユは、まあ見ての通り双子だけど。出身地はデンテロート。そこのパレット学院っていう孤児院で育ったんだ」
「孤児院?」
 それを聞いて、エリルはとても驚いたみたい。疑問の言葉が思わず飛び出した、って感じで、眼を見開いてた。私達は苦笑した。
「あー、ちなみに両親は分からない。実は捨て子なんだな」
「ある日、パレット学院の入り口に、双子の赤ちゃんが捨てられてたんだって。それが私達」
「そうだったんですか……」
 生まれに劣等感を抱いたことはないし、自分達のことながら、というかそのせいかしら、辛いことだとも思ってないわ。だけど、エリルはショックを受けたみたいで、一気にしょんぼりしてしまった。あー、エリルのせいじゃないのに!
「エリル、何でそんな顔してるのよ! 『ごめんなさい』なんて言いたそうな!」
「そうそ、俺達は気にしてないし、第一周りはそんな子供ばっかりだったんだぞ?」
「それにね、また敬語戻ってるから!」
「あっ、ごめん」
 怒ったように言うと、やっとエリルは笑みを見せてくれた。ああ、もう、ひやひやさせるんだからっ。エリル、他人のことなのに親身になって考えてくれてるのね。それは嬉しいわ。でも、このことばかり言っていても進まないから。
「さあ、次はエリルの番よ!」
 そう言った途端、エリルの表情は暗くなった。
 突然よ! そう、ちょっと照れたみたいに笑ってた頬が、一瞬にして暗くなったんだから! 身体を動かさないで、じっと固まってる。私達は、今度はどきっとした。な、何かしら? 何か嫌なこと、言っちゃった?
「エリ、ル?」
「おい、どうしたよ。何か悪いこと言ったか?」
「いえ、そうじゃなくて」
 エリルは顔を上げた。そして、無理矢理にっこり笑って、そのままとんでもないことを言った。
「僕、記憶喪失なんだよ」
 ――え?
「きおく、そうしつ?」
「そう」
「ってことは、エリル、記憶が」
「ないんです」
 何かを嘲笑うように、エリルはきっぱり断言したわ。たぶん、笑ってたのは自分自身に対してだと思う。だって、笑ってるのにとても辛そうで、悲痛で、そういう感情が見え隠れしてるんだもの。
「何で?」
「分からない。けど、気付いたら先生のところにいた」
 と、ここでまた分からない単語が出てきたわね。“先生”。一体誰のことかしら? まさか、ヴィンターゲシュの先生のことじゃないとは思うけど。
「先生、本名は知りません。そう呼べと言われました。家はイクスノーラムです」
 私達のパレット学院があったのはデンテロート。これは、結構首都に近いところにある町なのね。でも、エリルの言ったイクスノーラムって、結構田舎町だわ。まだ昔の面影を残しているって事で、一時期観光名所にしようとかしないとか争ってた気がするわ。
 シュンスケは、別のところに眼をつけた。
「なあ、イクスノーラムって、旧テリアル王国の近くだよな?」
「はい、そうです」
「それは良いな。俺行ってみたいんだよ。悪いな、ちょっと空気に合ってないけど」
「いえいえ、良かったら今度案内しますよ」
 シュンスケとエリルがそんな会話を交わしてる間に、説明するね。テリアル王国。数年前まで存在していた王国の名前。かなり古風で、小さな王国なんだけど平和で、国民は皆で農作業なんかもしてたらしいけど、そう、数年前よ。王宮が謎の集団に襲われて、王家は壊滅したとか。今は、もう跡地しか残っていないの。
 なんといっても、テリアルは強大な魔法国だったらしいわ。特に王家の血筋を引いている人は魔力が強いとかで、歴史を振り返ってみると、テリアル王家の方々と婚姻を結ぼうとした人達も多かったみたい。だから、妬みによる犯行だったのかもしれないんだけど、今もよく分かっていないのよね。
 その近くに暮らしていたのね。エリルはまた、話を始めた。