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1-5

「そう、よね」
 もうかなりな時間。そろそろお腹もすいてきた気がするし。お夕飯の時間よね。
「どこで食べるのかしら」
「おい、いきなりそっちに飛ぶのかよ」
 と、私の心の中でだけの独白が聞こえていなかったシュンスケが咎めてくる。私はんべーっと舌を出してみせて、
「だあってお腹すいたもん! シュンはお腹すかないの?」
「すかない」
 きっぱり言い捨てられたら、もう歯が立たないことは経験済みよ! 私はエリルに話をふった。
「エリル! お腹すくよね?」
「え? はい、えと、今はまだそうでもないですね」
 戸惑ったふうに、腹部に手を当てて答えるエリル。ってことは、空腹感を覚えているのは私だけ!? っていうのも悲しいじゃないの!
「え〜、誰も仲間はいないのっ!?」
「でも確かにどこで食べるのかってのは、分からないな」
 地図を見ても食堂らしき場所はないし、一体どうすれば良いの? 資料の二枚目以降を見ると、裏を返しても表にしてみても食事についての説明は載っていない。学校側のミスかしら。
「ん〜、とりあえず職員室にでも行ってみる?」
「それがベストかしら、ね」
「そうしましょうか」
 満場一致、私達は職員室へ向かうことにした。

 

 近いほうの職員室は、職員室B。私達はそっちへ向かった。AとBの違いが何かは知らないけれど、まあ、近いからね。シュンスケが先頭に立って、二度こつこつと扉に拳をぶつける。
「失礼します」
 ガラッ――何となく懐かしい音と共に扉を開け、シュンスケが中に踏み込んだ。その後を私、エリルと続いてく。最後のエリルは、几帳面に扉をぴっちり閉めてる。偉いなぁ。私だったら気付きもしないで進んじゃうと思うわ。
 そこにいたのは、女性一人だけだった。
「はい、いらっしゃい」
 にっこり笑ってこっちに歩み寄ってくる彼女は、青っぽいショートの黒髪に似た色彩の瞳。小柄で、どっちかというと可愛らしい感じ。若いけど明らかに大人だから、先生なのは間違いないわね。
「こんにちは、僕は今年入学しましたシュンスケ・クリハラと申します。こちらは妹のマユ」
「マユ・クリハラです」
「それからそちらが、」
「エリル・ヒイラギと申します」
 シュンスケの紹介に続くようにして、エリルも会釈しながら名乗る。すると先生は、きゃっ、とかなんとか小さく声をあげて、そして――エリルに抱きついた。
「「!?」」
 驚いて後ずさる私とシュンスケ。エリル自身も硬直して動かない。先生(らしき彼女)はエリルにずいずいと頬ずりする。まるで、ぬいぐるみが大好きな女の子みたい!
「あーん、可愛い可愛い可愛いー! 私、アナタみたいに中性的なコ大好きなのっ」
「は……はあ……」
 エリルももう、返す言葉がない。ひとしきり抱き締めた後満足したのかしら、エリルから身を離した彼女はやっと名前を名乗ってくれた。
「ミヤ・ハナムラです。二年生の魔法植物学担当です。よろしくね!」
「よ、よろしくお願いします」
 シュンスケが言葉を絞りだす。それを聞くと、ミス・ハナムラは再びぎゅっとエリルを腕で抱え込み、私達のほうを見た。ちなみにエリルは、諦めたみたいになされるままになってる。実は首筋に脂汗をかいてるあたり、結構困ってるみたいだけど。
「で、何か用事かしら?」
「あ、はいそうです。訊きたいことがあって」
「あら、何かしら?」
「食事の、ことで」
「食事?」
 首を傾げるミス・ハナムラ。そこで何故か決まり悪そうにしたシュンスケが、何故か何故か私を小突いた。
「おいマユ言え、言い出したのはお前だ」
「ええっ、何で私っ?」
「言い出しただろっ、ほらほらほら」
「やーん」
 小声で行われた問答の末、無理矢理前に出された私。ああっ、どうしよう。なんて言えば良いの? 下手すると私が大食漢だと思われちゃうかもしれないじゃない! 大食いチャンピョン? 太るのは嫌よ!
「あの、えええとですね、あの」
「はいはい」
「食事はどうすれば良いんですかっ? 食堂もないみたいだし、プリントにも何も」
「あら」
 ミス・ハナムラはきょとんとして、それからエリルと共に奥のほうへと消える。すぐに二人は戻ってきて、ミス・ハナムラは困ったようなすまなそうな、そんな表情をしてたわ。
「ごっめん、ミスプリだわ。書いてないね、それ」
 謝罪の言葉を口にしてから、彼女は説明を始めた。
「大丈夫、時間になったら決められた人がお部屋に伺うから。その人に聞いて頂戴。大丈夫、そんな遅い時間にはいかないはずだから。アナタ達の来訪は聞いてるし」
「そうですか」
「ありがとうございます」
 シュンスケに倣って私も頭を下げる。エリルについては、……とてもそんな動作のできる状態じゃないわね。ちょっとばかり、気の毒。
「あ、それだけです」
「あらそうなの? 残念、もっとエリルちゃん抱えてたかったわぁ」
 ぎゅっ、とされてからエリルは解放された。かなり消耗した面持ちで、エリルはこちら陣営に戻ってくる。ちょっと怖がってるみたい、私達の後ろにわざわざ回ってる。まあ、私がエリルの状況でも似たようなことやってただろうし、ね。当然の反応よね、きっと!
「お時間とらせました」
「良いの良いの、こっちにも利益はあったし!」
 ミス・ハナムラのピースサイン。
「それじゃあ、僕達は失礼します」
「遠慮しないで、また来てね〜!」
 黄色い声を背中に、私達は職員室を後にした。